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最古の「居酒屋の歌」を探せ

 

短歌の中で居酒屋が詠まれた最古の作品について調べてみたい。居酒屋に限らず、バーなども含めたアルコールを提供する飲食店のことが詠まれた歌を「居酒屋の歌」とくくることにする。拙著『歌人の行きつけ』で取り上げた歌の中では、次の一首がかなり古いものに当たる。

 

一人にて酒をのみ居れる憐(あは)れなる/となりの男なにを思ふらん  萩原朔太郎『ソライロノハナ』

 

「神谷のバアにて」という詞書が付いており、現在も営業している浅草の「神谷バー」のことを詠んだ歌だということが分かる。『ソライロノハナ』は、朔太郎の生前には未刊だった自筆本で、大正二年四月頃にまとめられたものとされている。この一首よりも古いものはないだろうか。

 

そこで、歌集の刊行順に編集されている『現代短歌全集』の第一巻の冒頭から、しらみつぶしに読んでいくことにした。『現代短歌全集』第一巻は、明治二十九年七月発行の与謝野鉄幹の『東西南北』から始まる。『東西南北』には居酒屋を詠んだと思われる歌はなく、次の金子薫園『かたわれ月』、その次の与謝野鉄幹『紫』にも見当たらない。四冊目の服部躬治(もとはる)の『迦具土』になってようやく、次の一首を見つけた。

 

居酒屋のほかげにたちて賤の男がかぞふる銭に雪ふりかかる  服部躬治(もとはる)『迦具土』

 

『迦具土』は、明治三十四年七月に刊行された服部の第一歌集である。翌月には与謝野晶子の『みだれ髪』が刊行されており、ほぼ同時期の歌集ということになる。引用歌は、自らが居酒屋で飲んでいる場面ではなく、居酒屋の店頭で、手持ちの銭を数えている貧しい男の姿を詠んでいる。

 

橋本健二は『居酒屋の戦後史』の中で、明治の中期に一部のジャーナリストらの間で「都市下層」と呼ばれる人々への関心が高まったことを指摘している。その代表例として上げられているのが、明治二十六年に刊行された松原岩五郎による『最暗黒の東京』だ。この本を読んでみると、居酒屋で安酒を煽ることで労働の疲れを癒やす貧しい人々の姿が描かれており、服部の歌の視線と、どこか重なるものがあるように思える。

 

さて、最古の「居酒屋の歌」だが、飯野亮一『居酒屋の誕生』には、江戸時代の狂歌や川柳に居酒屋が詠まれていることが紹介されている。では短歌(和歌)はどうなのか。調査の道のりは長くなりそうだ。情報提供お待ちしています。

 

(初出:「さんごじゅ」Vol.4 2021年5月)

 

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